クリスマス、とあるバーでは。

どこかにありそうなバーのお話。


街は早く暗くなり、旅人は雪の中を歩いておりました。道端の小さな看板の灯りが、旅人には少し暖かく感じられました。

旅人はいろんな街のバーに入ってきたので、彼が惹かれるバーが、自然と彼自身にはわかるのでした。

木製の少し重たい扉を開けると、そこにはカウンターだけのウィスキーバーがありました。


今宵、ウィスキーバーは、常連客によるパーティーをおこなっていました。ただし、このパーティー、他とちょっと違います。

あまり、皆、話さないのです。

バーカウンターには常連客の持ち寄ったボトルが並んでいました。客同士はときどき、会釈をして、グラスに静かにウィスキーを注ぐのでした。そして、旅人の観察によると、このバーでの静かな会話は、ウィスキーを飲んだ時の表情で成り立っていたのです。


そして旅人はすぐに理解しました。
ああ、他の人も旅人だったのだと。


その途端、旅人の耳には、にぎやかな話し声が聞こえてまいりました。


誰も知らない秘密の倉庫にボトルを数千本持っている人や、ウィスキーの歴史と共に歩んできた人や、ハンターのような人、それらの人を眺める人や、旅を始めようか悩んでいる人など、さまざまな旅のストーリーが、そこでは酌み交わされていたのです。


旅人がおどろいたのは、旅人のことを旅人以上に知っている、他の旅人がいたことでした。


じつは、旅人はときどき、大きな新聞に、小さな寄稿をしていたのです。

その分厚い新聞には、毎日、多くの情報が掲載されていて、1日かけてもその日の記事を全て読むことはできないぐらいでした。

だれが読むかどうかもわからない小さなスペースに、旅人は、旅とバーとウィスキーについて、数行の文章を綴っていました。

そして、どこから聞いたのか、別の旅人は、旅人のその小さな文章のことをよく知っていたのでした。


旅人は不思議に思って尋ねました。

「なぜ読んでくださっているのですか?」


すると別の旅人はこう答えました。

「じぶんの旅路と重ねているんです」



その晩、ウィスキーを好きな者にとってにぎやかに感じるそのバーでは、皆が笑顔でもう一杯を求め、何度も乾杯が繰り返されました。



街には雪が静かに降り積もっています。
道や看板や屋根にやわらかな雪が乗り、空には琥珀色の月が浮かんでいました。



おしまい









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