事実上、世界初のウィスキー映画である『天使の分け前』について、賛否両論あるようだ。これはウィスキー市場にとっては良いことなのかもしれない。(当ブログのレビューは
こちら)
映画が公開されて日も経ったことだし、賛否両論のネタバレの感想と、私の見解を以下に書こうと思う。それを読んで、まるであなたと私がバーで映画談義を深めているような感覚を持ってもらえると嬉しい。
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公式サイトより。賛否両論の『天使の分け前』だ。 |
賛否両論のネタバレ感想
決してウィスキーのサクセスストーリー(成功物語)ではないということについて
やはりまずは「主人公が更生してないじゃないか!もっと神がかりなテイスティング能力を発揮してどんどん真っ当な道に進むかと思ったのに!」という意見だ。これはやはり、映画の予告編でテイスティングをするシーンがそれを予感させたし、まぁ予告編を見ずとも、誰もがなんとなしに期待してしまうストーリーラインだろう。ウィスキー好きなら尚さら、ウィスキーを希望と成功の詰まった象徴として描いてほしいと潜在的に思うものだ。
しかし私はこうも思う。
「もしウィスキーの天才的なテイスティング能力を発揮させる“ウィスキーヒーロー”みたいな分かりやすい人物が描かれていたら、それはそれで冷めるだろうな」と。「ワインならそれもありだけど、ウィスキーでそんな安直なストーリーは嘘っぽい」と。
あなたはどう思っただろうか。
「クズ」の描写にかなりの時間をかけていることについて
つぎに「この映画に、被害者と向き合わせる場面までの綿密な“クズ”の描写は必要なかったのではないか?」という意見だ。確かに、被害者は人生めちゃくちゃだし、喧嘩のふっかけ方も異常だ。たしかにちょっと日本人的な感覚からすると「やりすぎじゃね?映画の中で描く必要あった?」と思うような描きっぷりだ。
ただ、なんだか調べていくと・・・
巨匠ケン・ローチ監督「The Angels' Share/天使の分け前 」鑑賞にあたり知っておきたい2、3の事項によれば、
- グラスゴー東部は英国の失業率平均の倍
- 暴力沙汰絶えず警察の統率イマイチで貧困と暴力とドラッグのスパイラル
- 主役は実際にその地域の子
- 実際に「撃ったり撃たれたり、刺したり刺されたり」の日常
- 主役の子は銃撃戦で4年の服役経験あり
- この映画のプレミアの際、主役の母親はヘロイン中毒
- 父親もヘロイン中毒だったけど初のリハビリに成功
- 主役の子の顔の傷は本物(兄と喧嘩してできた)
という、、映画の世界よりもっとスゴイ。
なんなら映画の中での「クズ」の描き方がちょっとオシャレなんじゃないの、って気がしてくる。ちょっと見方が変わってこないだろうか。主役の子も映画初デビューで主役の割りに演技ができてるなぁと思っていたけれど、むしろ経験からにじみでてくるものだったのか・・。
あなたはこれらの事実についてどう思われただろうか。
結局酒を盗む、という行為について
やはり最大の賛否が分かれるポイントはエンディングだ。「結局、ウィスキー盗んだらダメじゃん!」というものだ。それでは天使の分け前ではなく、“盗人(ぬすっと)の分け前”ということだ。「それを天使の分け前って言われてもねぇ・・・」という感想。たしかに、ハッピーな分け前かどうか、というとかなり微妙だ。しかしエンディングはハッピーエンドな描かれ方と音楽で陽気に終わる。ここに違和感を持つ人も多いようだ。
しかし私はこうも思う。
結構誠実な描き方なのではないかと。考えてみてもほしい。もしこれがハリウッド映画なら?人のお金を盗む人や大勢を殺す人がヒーローっぽく描かれていて、その際にはハッピーエンディングでも「ダメじゃないか!あんなに盗んだり、殺したりして!」とは誰も本気で怒らない。
そう、これは飽くまでもフィクションだ。
盗みを推奨しているわけじゃない。誰もジャッキー・チェンのアクション観るときにぐちゃぐちゃに壊される街とかお店とかのことをどうも思わない。あれはフィクションなので、その部分に違和感を覚えるより、「アクション楽しかったな~」とか思う。それと一緒だと思う。でもリアリティのある描き方なので、あの「盗み」が引っかかるのだ。
また、劇的に更生しないのもある程度のリアリティがあってよいのではと思う。いくらでも更生するという描き方も出来ただろうし、盗む以外の描き方もあっただろうし、盗むにしたって“やむなく”感をいくらでも演出できたはずだ。ただそれをしなかったところに、この映画のグラスゴーの現状に対するリアリティ、誠実さが表れているのではないかと思う。
最後のシーンでは、「あなたってやんちゃなんだから」と彼女に言われた主人公が、ウィンクして終わる。まさかのウィンク!この最後のシーンのポップさが、監督からのメッセージ。「この物語はフィクションだよ。そんなにすぐに希望が持てるわけじゃないけど、このヒドイ現状に対して、もしウィスキーがきっかけで、ほんの少しでも希望が持てたなら・・・そんなフィクションだよ」と書く代わりだったようにも思う。
さて、あなたはどう思っただろうか。
バーなどでウィスキーのグラスを傾けながら、映画談義も楽しいかもしれない。
今宵もよいウィスキーライフを。
追記
※ケン・ローチ監督のインタヴュー記事
仕事こそが希望、仕事を持つことで人は自分に誇りを持つことが出来るんだ
※脚本を書いたポール・ラヴァティのインタヴュー記事(英語)
The Filmmakers’ Portrait Series: Paul Laverty
英語なのでほんのちょっとつまんで説明を。
- スコットランドの国民的飲み物でもあり、巨大な産業でもあるウィスキーをその土地の若者がほとんど口にしていないことなど、多くの矛盾を入れ込んだことなどを語っている。
- また、「若者が自らの国の文化、ウィスキーやエディンバラ城を知らないことが描かれています。彼ら(若者)の目から見えているものは何なのでしょう?」という問いに対して、「スコットランドの25歳以下の若者の60%に職がない危機的な状況。彼らは仕事や、家族や、安全な生活を望んでいるが、ヨーロッパで1000万人の若者がそれができない状況」と答え、労働者階級の若者の状況について描きたかった思いなども語られている。
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