とある国のとある街のとあるバーにて
「どうしてこうも変わっちゃったもんかねぇ」
とバーテンダーはグラスを拭きながらつぶやきました。
「近頃じゃウィスキーはみんなお金持ちの酒になっちゃったよ」
常連はみんなだまってうんうん頷いていました。
バーテンダーが続けて「昔はウィスキーをワンショットで出したもんだ」と言うと、若いお客さんは驚いたような笑顔になりました。
それを見た常連のひとりは「ダブルなんて言葉もあったな」と困ったような笑顔で返しました。
オーセンティックな木目のカウンターでは、お客さんはみんな小さなスポイトに溜まったウィスキーを、内側にたくさんの透明な突起のついた小さなグラスに向けて、高いところからポツリポツリと垂らしては、急いでその香りをかいでいます。
若いお客さんが
「僕知ってますよ。むかし、ウィスキーは飲み物だったんでしょう?」
と言いました。
「あの頃はまだたくさん作れてたからな」
と中年のお客さんが返します。
「でもあの頃のウィスキーは全部ちゃんと、銀行の金庫の中で眠ってるよ」
と説明を始めました。
「はい、地域と年代と熟成年数で基本的な価値が決まるんですよね?」
「もちろんそうだけど、どこかのバカな金持ちがこれを飲んじゃうと価値が上がってしまうんだ。あんな貴重なもんを飲むなんてバカだよな。で、銀行のウィスキーのボトルの値段が上がると、俺たちのスポイト一本の値段も変動するから困ったもんだ」
「それって連動してるんですか?」
「そりゃそうさ。どのバーも過去のボトルを担保にしてスポイトの仕入れをしなきゃいけないんだから。銀行の金庫にあるボトルの全体数が減ると、バーへのスポイト渋りがおこるからな」
「へぇー、なんだかよくわかりませんね」
「ま、難しい話で実は俺もよく知らない。でもな、ここのバーはすごいんだぞ。銀行にボトル担保を2本も入れてるらしい」
「え!2本も?」
「…しかも90年代って話だ」
「え?1990ですか?一体何者なんですか…」
バーテンダーは、少し離れたところでニコニコしながら話を聞いていました。
バーのいたるとこに雰囲気良く置かれたディスプレイには、海の底に沈んでしまったウィスキーの蒸留機の映像が映し出されています。
「もしそのボトルのウィスキーを飲んじゃったらどんな味がするんですかね?」
「そうだなぁ、考えたこともなかったが…ありがたすぎて味がしねえんじゃねえの?」
「ですよね。ボトルのウィスキーは飲むもんじゃないですよね。ちゃんと金庫におさめておかないと」
これはとある時代のとある街のとあるバーのお話。