レポート:余市蒸溜所への訪問5 ~蒸留器編~

その4の「発酵槽編」に続き、ニッカウイスキーの北海道工場、余市蒸溜所の訪問レポートを掲載する。今回は「蒸留器(じょうりゅうき)」編だ。

ウィスキー蒸溜所の中で、一番華やかな工程と言っても過言ではないだろう。
なんせウィスキー工場は「蒸溜所」と呼ばれるぐらいで、ウィスキー工場とは「蒸留をするところ」なのだ。この蒸留という工程が、ウィスキーを“香水のような神秘的な香りの爆発をする液体”に昇華する。

さて「蒸留(じょうりゅう)」とはどういった作業だろう?ちょっと説明しておこう。

蒸留の目的は、麦ジュースからウィスキー原酒を取り出すことだ。
ではどのような方法でウィスキー原酒を作るかといえば、下の図のように、

  1. 蒸留器(ポットスチル)の中に、
  2. 醗酵しアルコールを含んだ麦ジュース(ほとんどビールのようなもの)を入れて、
  3. ぐつぐつ煮る
  4. そして、「アルコール」や「香り成分」を蒸発させる
  5. それらを空中に放つ代わりに、冷やして、濃縮液(ウィスキーの原酒)を取り出す
という方法だ。(似たようなことは理科の実験でやったことがあるかもしれない)

蒸留のモデル図

この作業を2回くりかえし、アルコール度数は元の7%から、なんと60%程度へと一気に高められる。また、香り成分もぎゅっと濃くなり、さまざまなニュアンスを持つようになる。これがウィスキーが「生命の水」と呼ばれる由来だ。英語では蒸留酒はスピリッツspiritsとよばれるが、精霊とおなじ綴りと発音だ。火をつけると燃えるのは、火の精がいるから・・・そう考えられていたという説がある。錬金術士が生み出したこの蒸留器(ポットスチル)という不思議な装置は、神秘的なイメージをまとっていたのだろう。


では現代の余市蒸溜所ではどのように「蒸留」がおこなわれているか?実は、今どき珍しい「石炭による直火蒸留」だ。これは、“マッサン”こと竹鶴政孝がイギリス留学した当時は一般的な製造方法だったのだが、今ではより効率的なスチーム蒸留に主流が移っている。余市ではこの「石炭直火」が、ウィスキーに良い影響を与えると信じ、やり方を変えていない。

下のほんの17秒の動画を見てほしい。蒸溜器の並ぶ部屋全体の様子がわかる。



複数の蒸留器が並んでいるのがわかるだろう。蒸留器により味の個性も変わると言われている。

まさに火を使う、直火蒸留

スコップで石炭を取り出し

炉の中に職人技で投げ込む

あかあかと燃える火

職人が炉の中へ何気なしに石炭を放るのを、間近で撮影した。ぱちぱちと燃える石炭の音も愉しんでほしい。


ちなみに、現場はなかなかの温度だ。思わず蒸留器に見とれていると、焚き火にあたっているような熱量が顔を直撃する。

ポットスチルは銅製で、ウィスキー色なのだ

燃えている。この火がウィスキーの「余市」をつくる


閉じた炉

創業当時の一号機。竹鶴政孝も何度も触ったことだろう。

ポットスチルの上部を見るために上がってきた。一般非公開、感謝。

“スワンネック”と呼ばれる蒸留器の上部

それぞれのポットスチルの形は微妙に異なる

箕輪アンバサダーとポットスチル。大きさが想像してもらえると思う。


この入口から、掃除のために中に人が入ることができる


蒸留器の温度計。真正面から撮影。

ここは蒸気を噴出するところ



まだ新しいポットスチル。きれいな銅色だ。

蒸気の噴射口

上部のパーツ(スワンネック部)だけ新しい



石炭と使い込まれたスコップ



直火蒸留をおこなう余市のポットスチルには、こげつき防止の「底板」がある。蒸留器(ポットスチル)の底で、プロペラがぐるぐる回って、麦ジュースをかき混ぜてこげつきを防止するのだ。残念ながら底板そのものを見ることはできないが、外から底板をどうやって回しているのかがわかる動画がこれだ。(ちょっとマニアックだけれども)



さて、いかがだろうか。蒸留というウィスキーづくりで一番華やかなプロセスの雰囲気が伝わっただろうか。
この次の工程は、ウィスキーづくりの中でもっとも長い時間を使う「熟成」だ。



レポート:余市蒸溜所への訪問4 ~発酵槽編~

その3の「糖化釜(とうかがま)編」に続き、余市蒸溜所の訪問レポートをお届けする。

今回は「発酵槽」編だ。発酵槽(はっこうそう)が担当しているパートはなにか?
それは、「アルコールをつくり出す工程」だ。

考えてみれば当然だが、麦を原料にウィスキーができるとき、ウィスキー工場のどこかで「アルコールをつくり出す」という工程が存在している。当然でありながら、どこかそれは神秘的な感じもする。植物の麦から、人に酔いをもたらす魅惑の液体が生み出される工程なのだから。

その工程の神秘は酵母(イースト)菌により生み出されている。甘い麦ジュースの糖分を、この菌が食べて活動するとき、アルコールが生み出される。菌は単一の種類ではなく、似たような働きをする複数種の菌が同時に存在している。この“複数の菌のコンビネーション”は蒸溜所によって違い、それぞれのウィスキーの味わいに影響をもたらしているらしい。目に見えない菌によってウィスキーの味わいに違いが生まれているなんて、なんと神秘的だろう。

さて、その神秘を写真で確認していこう。

クリーン(清潔)なステンレスのタンクが並んでいた

タンクには番号が振られている

タンクの上部へ移動してみた。タンクの中はどうなっているだろう
タンクに付いた覗き窓

中では菌が活動し、反応が起きている

ちなみに、菌はアルコールのついでに二酸化炭素も生み出す。実はウィスキーづくりのここまでの工程はほとんどビールの工程と似ているが、ビールがなぜ炭酸飲料なのかといえば、この酵母(イースト)の生み出す二酸化炭素が液体に溶け込んでいるおかげなのだ。なお、ここまでのアルコール度数も6~7%で、ビールとほぼ一緒。

「蒸留にモロミ、輸送後タンク、空 確認。」
「送り初めに自動で空になる。」とある

中が泡立っているのがわかるだろうか。
アルコールを生み出す酵母菌が活躍中の証拠だ。



中を照らすライト

こちらは泡立ちがだいぶん引いてきている。
酵母菌の活動が弱まってきた証拠だ。

この発酵槽の大きな役割は前述のとおり「アルコールをつくり出す」ことだが、実はもうひとつ、別の大きな役割がある。それは、アルコールを生み出した後に、われわれを楽しませる「フレーバー」を生み出すという役割だ。

酵母菌が活躍してアルコールが生み出されると、麦ジュースのアルコール度数と二酸化炭素濃度が高まる。酸素(O2)が少なくなると、酵母菌はだんだんと動きが鈍くなって、上の写真のように泡を出さなくなる。その頃から活躍するのが酸素(O2)が少なくても活躍できる「乳酸菌」だ。

乳酸菌は酵母菌の生み出したフレーバーを、さらに豊かなものにする。例えば、フルーツのフレーバーがついたり、まろやかな酸味がついたりと、ウィスキーの香味に大いに影響を与える成分を、乳酸菌はせっせと生成してくれるのだ。


タンクは40,000Lもの容積がある


続いて、ウィスキー工場見学の目玉である「蒸留」工程のレポートだ。








レポート:余市蒸溜所への訪問3 ~糖化釜(とうかがま)編~

日本最北のウィスキー工場である余市蒸溜所のレポートの「その3」をお届けする。

今回は「糖化釜(とうかがま)」編だ。ウィスキーの原料である発芽した麦には「デンプン」と、「デンプンを分解して糖分にする酵素」が含まれているが、これを「糖化釜」と呼ばれるでっかい釜で、お湯をつかってぐるぐるかき混ぜると、酵素がデンプンを分解し、糖分いっぱいの麦ジュースが生まれる。実はこの“糖分いっぱいの麦ジュース”が、ウィスキーのアルコールの元となる。

ちなみになぜお湯でかき混ぜるか?麦の酵素はある一定の温度で働く(=デンプンを分解する)ようにできているからだ。それを発見した人の観察眼はすごい。


一口に麦芽といっても、いろんな種類があって
ピートを効かせたものやそうでないものや・・・

香りをかいでみますか? 
これが麦芽粉砕機でみごとに粉砕された麦芽。やわらかそう。


ここからの写真は、麦芽がパイプを通って処理されていく様子を追って、上の階から下の階に降りていく。縦に長い工場だ。

上から麦芽を入れて・・・

これが麦芽粉砕機。麦芽を粉々にする。

粉々になった麦芽が下に落ちて・・
(黄色と黒の線は床。上の階と下の階を横から撮影)

こちらの「麦芽ホッパー」にたまる

麦芽ホッパー(写真右上)から、粉砕された麦芽が送り出されて・・・
by 箕輪ウィスキーアンバサダー

下のパイプから送られるお湯と混ざって・・・

粉砕された麦芽(銅色パイプ)とお湯(銀色パイプ)が混ざり合って・・・

糖化釜(とうかがま)でひとつになる。大きい。

糖化釜のマドを開けていただく。
あたりには甘い香りが立ち込めている

甘い香りの立ち上る糖化釜の中を見てみよう

あれがぐるぐる回ってかき混ぜるんですね。
中には、大量の麦汁(ばくじゅう)

麦芽のデンプンと酵素が混ざり合い、糖分が生み出される

これらの工程は機械制御により管理。机には電卓。

これで比重をチェックし、麦汁の糖度を測っている

このようにして、アルコールの元となる「麦汁(麦ジュース)」は作られる。




さて、アルコールのもととなる麦ジュースができたので、次の工程は「発酵」だ。麦ジュースをアルコールにする。


発酵槽編」につづく。











レポート:余市蒸溜所への訪問2 ~キルン塔編~

その1の「はじまりと役員室編」に続き、日本最北のウィスキー工場である余市蒸溜所のレポートをお届けする。

ウィスキーが製造される一番最初の工程として案内されたのは「キルン」という建物だった。キルンとは、麦芽乾燥塔(ばくが かんそうとう)のことで、ウィスキーの原料である麦芽を乾燥させるときに「スモーキー」なフレーバーをつけることができる重要な建物だ。

キルンを紹介してくださった

そもそもなんで麦芽を乾燥させるの?という疑問が湧いてくると思う。とつぜん専門的な話になってしまうので、ここではいったん遠回りのようだが、「ウィスキーが何によってできているのか」をざっくりと説明しておこう。そのほうが、快適に工場見学のレポートを読んでもらえると思う。

ウィスキーを分解すれば、3つの要素が浮かび上がってくる。 

ウィスキー = [ アルコール ] + [ 樽 ] + [ 時間 ]

原料の「アルコール」を「樽」に入れて、数年以上の「時間」をかけて寝かせておくと、魅惑的なコハク色のウィスキーとなる。ではその原料のアルコールはどうやって作っているのか?というと・・・

アルコール = [ 糖分 ] + [ 微生物 ]

「微生物」が「糖分」をエサにして活動したとき、副産物で生まれるのが「アルコール」だ。
ではこの微生物たちのエサとなる糖分はどこから取り出すかといえば?

糖分 = [ 麦のデンプン ] + [ 麦の芽(のなかの酵素) ]

麦はタネの状態では、胚と「デンプン」を持っているだけだ。そのタネが発芽するときに、蓄えていたデンプンを“芽”のもつ特殊な「酵素」によって分解して、「糖分」にする。しかし、このまま麦が成長すると糖分がなくなってしまうので、発芽した状態で麦の成長を止める。

麦の成長を止めるために、麦を乾燥させるのだ。この、発芽した麦(“モルト”と呼ばれるもの)を、乾燥させる建物が「キルン」だ。(やっとこの話に戻ってきた)

さて、キルンの中に

乾燥させる熱源の、燃料のピート(泥炭)を手にとって

意外と軽いんですよ~

こんなディティール。昔は石狩平野で採っていたらしい

これを炉の中に

燃えている。あゝスモーキーな香り。
このピートのお陰で、ウィスキーにスモーキーフレーバーが宿る。
建物の上部には乾燥させたいモルト(麦芽)がある

外から見ると、排煙する窓が開いている

昔、竹鶴政孝が設立した頃は、北海道の麦、石狩川の水、石狩平野の泥炭(ピート)でウィスキーを作っていたようだ。必要な原料は全てこの地でまかなえた。今は、余市も(そして世界的にほとんどの蒸溜所も)麦芽の専門業者からモルトを買い付けているので、このキルンは当時を偲ぶ象徴である。現在は実質の稼働はしておらず、博物館的な存在だ。

しかしながら、ニッカの方々の話を伺う内に、竹鶴政孝がこの北海道の地にこだわったひとつの理由に触れられた気がした。


さて次は「糖化釜(とうかがま)編」へと続く。